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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)1075号 判決 1992年7月24日

大阪府<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

佐井孝和

三木俊博

白根潤

神谷誠人

東京都中央区<以下省略>

被告

東京ゼネラル株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

辻本章

右復代理人弁護士

辻本育子

主文

一  被告は、原告に対し、金一八一八万二一二五万円及びこれに対する昭和五九年九月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二六一八万八七五〇円及びこれに対する昭和五九年九月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、大正一三年○月○日生まれで、三重県a工業学校建築科を卒業後、株式会社b(以下、「b社」という。)で長らく建設の現業に従事し、昭和五八年五月一〇日、○○営業所長を最後にb社を退職し、翌一一日、c株式会社(以下、「c社」という。)に○○営業所長として再就職し、昭和六〇年三月末日にc社を退職し、現在無職である。後記の本件勧誘を受けるまで、商品先物取引の経験は皆無であり、何らの知識も有していなかった。

(二) ゼネラル貿易株式会社(以下、「ゼネラル貿易」という。)は、大阪穀物取引所その他国内の商品取引所の商品取引員となり、その上場する商品の先物取引及び現物取引ならびにこれらの受託業務を行うことを主たる業とする株式会社である。

(三) 被告は、昭和六二年五月一日、ゼネラル貿易を吸収合併し、その権利義務を包括的に承継したものである。

2  先物取引の勧誘

(一) 昭和五八年八月一日午前一一時三〇分ころ、ゼネラル貿易高松支店の外務員・B(以下、「B」という。)が、突然、原告の当時の勤務先であるc社・○○営業所を訪れ、原告に対し、輸入大豆の国内先物取引を勧誘した。

原告はこれを断ったが、Bは、執拗・強引に勧誘を続け、ゼネラル貿易作成のパンフレット「輸入大豆取引の手引き」(甲第一七号証)を示し、右パンフレットや持参の便箋(甲第一八号証の一ないし七)に書き込みをしながら、

(1) 「アメリカは作付面積を三分の一減反し、今年は異常気象の熱波で、大豆の在庫が減少している。ソ連も不作で、ブラジルは長雨で、アルゼンチンは旱魃で不作となる。だから、大豆は世界的に生産が減少し、買い付けが殺到するため値段が上がっていく。」「昨年の値動きをみると、四月に上がって、六月に少し下がるが、また八、九月にかけて上がっていき、九、一〇月で若干下がるが、一〇月以降はずっと上がる。」等と大豆の値段が上がっていく旨の断定的判断を示した。

(2) 「今なら一五〇円の利益を取らせてあげる。七万円の証拠金で三万円の利益、七〇万円の証拠金で三〇万円、五〇枚建てれば一五〇万円の利益になる。」等と一俵当たり一五〇円の利益が確実である旨虚偽の説明をし、利益を保証した。

(3) 「定期預金を現在一〇〇万円していても、一年間で少ししか利子はつかないし、物価も上がるので実質的には目減りである。」「皆さん、一時的に借り入れをして大豆の資金に運用している。仮に六か月以内に三〇円上がれば、手数料はぬける。」等と借り入れをしても先物取引が確実に儲かるかのような虚偽の説明をした。

(二) 原告は、Bの勧誘を断り、同人はようやく帰ったが、間もなく、再び同人から電話があり、当時のゼネラル貿易高松支店長・C(以下、「C」という。)が替わって原告を勧誘した。Cは、B同様に、異常気象と世界的な大豆の生産不足を説明し、「今が一番の投資の時期である。」旨を繰り返し、「今が買い時です。絶対間違いない。X様、X様、お願いします。」と懇願口調で勧誘したうえ、「もう買うときますよ。」と言ったが、原告は、Cの勧誘も断った。

(三) 翌八月二日午前九時ころ、Cが勤務先に原告を訪れ、未だ建玉していない(実際の建玉は、後記のとおり、同月三日である。)にもかかわらず、「二〇枚買いました。」旨虚偽の事実を述べて、「買ってしまったんだから、お願いします。X様、X様、お願いします。助けて下さい。」等と懇願したため、原告は、渋々受託契約書等の書類に署名・押印した。

なお、この際、Cは原告に「商品取引委託のしおり」及び「お取引の手引」を交付したが、「後で読んでおいて下さい。」と言っただけで、内容についてはほとんど説明しなかった。

3  本件先物取引の経過

(一) その後、昭和五八年八月三日から同五九年九月二五日までの間、原告は、C及び後任のゼネラル貿易高松支店長・D(以下、「D」という。)に指示されるまま、ゼネラル貿易に委託して、大阪穀物取引所において、別紙取引一覧表記載のとおり、合計一二三回、取引量にして合計二六八〇枚(新規、仕切の双方を含む。)にわたる輸入大豆の先物取引を行った(以下、全体として「本件先物取引」といい、個別に表示するときは、別紙取引一覧表記載の番号に対応して「本件取引1」などという。)。

(二) 本件先物取引の具体的経過は以下のとおりである。

(1) 前記のとおり、Cは、昭和五八年八月二日に二〇枚の買建玉を行った旨原告に告知していたが、実際に二〇枚の買建玉がなされたのは翌八月三日であった(本件取引1)。原告は、翌八月四日、右の証拠金一四〇万円をゼネラル貿易に支払った。

(2) 八月三日夕刻、Cが原告に対して、「外電の情報によれば、値が上がりそうだ。成り行きで追加注文しておく。」「証拠金は株券でも代用できる。株券は現金ではないので、預けておいても大丈夫である。」等と申し向けたため、翌八月四日に一〇枚の買建玉が行われ(本件取引2)、原告は翌八月五日にB株券七〇〇〇株分(当時の評価額七〇万円)をゼネラル貿易に交付した。

(3) 八月一〇日、Cが原告に対して、一〇枚くらい売建玉するように勧めたため、同日、一〇枚の売建玉が行われ(本件取引3)、原告は翌八月一一日に証拠金としてB株券七五〇〇株分(当時の評価額七五万円)をゼネラル貿易に交付した。

(4) 同八月一一日、実際の建玉全体の値洗いはマイナスであるのに、Cが原告に対して、「今仕切ると利益が出る。」旨申し向けて買玉二〇枚の仕切りを勧めたため、同日、買玉二〇枚が仕切られた(本件取引4)。右の仕切りによって生じた差引利益一五万円は、翌八月一二日に原告の銀行口座に振り込まれた。

(5) 同八月一二日、原告は、「利食いが入って値動きが弱いので、安いところを買っておく。二〇枚の買建てをしておく。」旨のCの勧めに応じ、同日、二〇枚の買建玉が行われた(本件取引5)。

(6) 八月三〇日、Cが原告の勤務先に架電し、「値が下がっていく気配だから、買いから売りに転換する。仕切った買玉は一〇万円くらいの利益が出る。」旨申し向け、買玉三〇枚を全て仕切り、新規に三〇枚の売建玉を行って売玉のみを四〇枚にするように勧めたため、原告もこれに応じ、同日、その取引が行われた(本件取引6及び7)。

なお、本件取引6(買玉三〇枚の仕切り)により、二〇万円の差引利益が生じたため、原告はCに対して、前回同様に銀行口座へ振り込むよう依頼し、再三催促したが、Cは「今、手続をしている。」旨の虚偽の回答を繰り返し、結局、同年一〇月一日、原告に無断で証拠金に振り替えた。

(7) 同年九月三日、Cが原告の勤務先に架電し、「大韓航空機の事件で値が動いている。このままだと追証にかかる危険がある。」旨申し向け、両建を勧めた。追証にかかってこれを支払うことができなければ、証拠金を没収されるか、現物を全部引き取らねばならないものと誤解していた原告は、これに応じ、同日、四〇枚の買建玉により、売・買各四〇枚の両建となった(本件取引8)。

同月五日、原告は、右買建玉の証拠金として、B株券二万三七〇〇株分(当時の評価額二六〇万七〇〇〇円)をゼネラル貿易に交付した。

(8) 同年九月九日、Cの指示に従い、四〇枚の買玉が仕切られ(本件取引9)たが、同月二一日、Cの指示で、約定値段五五三〇円という高値で四〇枚の買建玉が行われ、再び売・買各四〇枚の両建となった(本件取引10)。

(9) 一〇月一日、輸入大豆の証拠金が一枚当たり八万円に増額され、原告の建玉合計八〇枚の必要証拠金が六四〇万円となった。Cは、右証拠金の不足額を補うため、八月三〇日の買玉三〇枚の仕切り(本件取引6)及び九月九日の買玉四〇枚の仕切り(本件取引9)から生じた差引利益合計四五万円の内金四一万六〇〇〇円を、原告に無断で帳尻から証拠金へ振り替えた。

(10) 一〇月五日、原告の取引が追証にかかったため、Cは、追証状態を解消するため、翌一〇月六日に売玉二枚を原告に無断で仕切った(本件取引11)が、当日の値動きにより、結局、右仕切りは功を奏さなかった。翌一〇月七日、Cは、原告に対して、追証を入れるよう指示する一方で、売玉合計三八枚を仕切って一旦は追証状態を解消しながら(本件取引12)、新規に約定値段五二八〇円で四〇枚の売建玉を行った(本件取引13)。

Cの右操作を知らされなかった原告は、追証として、一〇月一四日に国債三〇〇万円(当時の評価額二五五万円)を、同月一四日までにB株券一二六一株分(当時の評価額一五万一三二〇円)及び現金四二万円を、それぞれゼネラル貿易に支払った。

(11) 一〇月七日から一一月一一日までの間、Cの指示に従い、追証にかからない範囲で、新規建玉、仕切りが繰り返され、多い時には一四〇枚の建玉に上る取引が行われた(本件取引14ないし23)。この間、証拠金が不足する場合には、Cが、原告に無断で帳尻から証拠金へ振り替えたり(一〇月二四日の四七万三二九〇円の振り替え)、株式の売却による売却額と評価額との差額で、証拠金の不足を補っていた。

(12) 一一月二八日、Cは、原告に対して、「値が上がる気配があるので、買い一本にする。」旨告げて、それまでの売玉五〇枚・買玉六〇枚の両建から、売玉五〇枚を仕切り(本件取引24)、新規に四〇枚の買建玉を行わせながら(本件取引25)、翌一一月二九日には、Cは「値下がりのために、このままでは追証にかかる危険がある。追証を避けるためには両建しかない。五〇〇万円ほど必要である。」等と申し向けた。前記のとおり、追証につき誤解していた原告はやむなくこれに応じ、同日、一〇〇枚の売建玉が行われ(本件取引26)、原告は一二月六日に右証拠金として国債六〇〇万円(当時の評価額五一〇万円)をゼネラル貿易に交付した。

(13) Cは、一二月二一日、原告に無断で、売玉五〇枚を仕切り(本件取引27)、四〇枚の買建玉を行った(本件取引28)。

(14) Cの「両建にしておけば、追証にかからない」旨の指示に従い、一二月二六日に買玉一〇枚の仕切り(本件取引29)、昭和五九年一月七日に買玉四〇枚の仕切り(本件取引30)と五〇枚の売建玉(本件取引31)がそれぞれ行われ、売・買各九〇枚の両建となったが、一月九日には六六六万円の追証がかかり、Cは原告に対して、「どうしても追証を入れてもらわないと具合が悪い」旨申し向けた。前記のとおり、追証につき誤解していた原告は、これに従い、住友信託銀行から投資信託「ビッグ」を担保に三〇〇万円を借入れ、かつ郵便貯金及び預金を解約して、六六六万円を捻出し、一月一三日に追証として右同額をゼネラル貿易に支払った。

なお、この時点で、原告は、b社退職時に受け取った退職金を含めた老後の資金全額をゼネラル貿易に支払い、さらに右「ビッグ」を担保としてはいるものの、住友信託銀行に三〇〇万円もの借金を負うこととなった。

(15) このころから、原告はCに対して、再三取引を縮小するよう要求したが、Cは一向これに従わず、三月三一日まで、追証にかからない限度で、多いときで売買総数二五〇枚に上る取引を繰り返させた(本件取引32ないし66)。

(16) 昭和五九年四月、ゼネラル貿易高松支店長がCからDに代わり、原告の担当も同人となり、これ以降の原告の取引は仕切り中心となった(本件取引67以降)が、C担当時に、売玉は低い値段で、買玉は高い値段で多数枚の両建が行われていたため、殆どが損切りの処分であり、原告の証拠金は売買差損及び手数料に消えてしまった。

(17) 九月二七日、原告の取引は全て手仕舞われて本件先物取引は終了したが、証拠金残額は一五万九四九三円に過ぎず、一〇月八日に右同額がゼネラル貿易から原告に支払われた。

(三) 原告は結局、以上の取引につき、ゼネラル貿易に対し、委託証拠金として、現金を三回計八四八万円、株式及び国債を六回、処分時の価格にして計一五五一万八二四三円、合計二三九九万八二四三円を預託したが、取引開始後間もなく一五万円の利益金を交付されたほか、取引終了後に一五万九四九三円の返還を受けただけで、差引き二三六八万八七五〇円を損失した。

ゼネラル貿易の計算によると、右損失の内訳は、売買差金一三六五万二五〇〇円、委託手数料一〇〇三万六二五〇円である。

4  ゼネラル貿易の違法行為

本件先物取引は、その勧誘行為から一連の取引行為まで、以下の違法・不当な事由が存在し、一体として不法行為を構成する。

(一) 勧誘の違法性

(1) 断定的判断の提供

商品先物取引は、転売・買戻しによる差金決済を目的とした投機取引であり、わずかの証拠金で大きな思惑取引ができる相場取引であるうえ、高度に専門化しており、素人には容易に理解し難いものであるから、ゼネラル貿易は、本件取引を開始するにあたって、原告に対して、先物取引の高度の投機性、危険性、注文から取引終了に至るまでの取引システム、手数料の料率、将来、追証拠金(以下、「追証」という。)や損金を支払わねばならない場合のあること等、取引や市場に関する基本的事項を明確に告知すべき義務があるところ、Bは、原告が商品先物取引には全くの素人であることを奇貨として、「必ず儲かる」等と利益を生ずることが確実である旨誤信させるべき断定的判断を提供して勧誘した。このような勧誘は、商品取引所法九四条一号、受託契約準則一七条(1)に違反する。

(2) 詐欺的勧誘

Cは、昭和五八年八月二日、原告に対して、成立していない売買を既に成立したものと虚偽の事実を告げ、原告に契約の締結拒否はもはや不可能と誤信させる詐欺的な勧誘により、原告に本件の先物取引委託契約を締結させた。

(3) 不適格者の勧誘

原告は、本件先物取引中の昭和五八年八月から同五九年九月にかけて、c社に勤務中ではあったものの、既にb社からの退職金を受領済みで、その後の退職金はなく、一、二年後からは長い余生を年金のみで暮らす境遇であり、B及びCは、これを知りながら原告を勧誘した。このような勧誘は、「恩給・年金・退職金・保険金等により主として生計を維持する者」を不適格者として、これに対する勧誘を禁止している「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(以下、「指示事項」という。)」2(1)に違反する。

また、Bは、原告が商品先物取引を行うには資金力が乏しいことを知りながら、銀行からの借金をして投資しても儲かる旨勧誘しており、このような勧誘は不適格者の最たるものである無資力者に対する勧誘として違法である。

(4) 執拗な勧誘

Bは、原告が商品先物取引を行う意思がない旨断っているにもかかわらず、執拗に勧誘しており、このような勧誘は、「商品先物取引参加の意志がほとんどない者に無差別あるいは執拗に勧誘を行うこと」を禁じた指示事項2(2)に違反する。

(二) 新規委託者保護義務違反

(1) 無差別勧誘

Bは、予備調査なしで、原告の勤務先に何の予告・約束なく訪問して、偶然同所に在席していた原告を勧誘しており、これは、相手方に対する必要な予備調査をすることなく、無差別もしくは軒並みに勧誘することを禁じている全国商品取引員協会連合会協定事項(以下、「協定事項」という。)に違反する。

(2) 受託前審査の杜撰

新規委託者保護管理規則は、新規委託者からの受託契約締結にあたっては、① 外務員は、先物取引を行おうとする新規顧客について、その職業、年齢、資産、収入、先物・証券の取引経験の有無等必要事項を調査・把握のうえ、② これを「顧客カード」に記載し(必要に応じ、特別担当班が補充調査する。)、③ 特別担当班責任者がこの調査結果に基づいて、受託の可否を審査し、④ 受託許可の場合に、受託契約を締結する、という審査手続を経ることを定めているところ、Bは、顧客カード作成の際、原告に対して何ら右必要事項に関する質問をしないまま、年収一〇〇〇万円以上(真実は四〇〇万円程度)、商品取引の経験あり(真実は皆無)との虚偽の記載をなし、特別担当班責任者の地位にあったCも、右顧客カードの記載事項とBの口頭報告を受けて、何ら実質的な審査を行わないまま、受託を許可しており、右規則に違反している。

(3) 二〇枚制限違反

新規委託者保護管理規則は、新規委託者の最初の売買取引日から三か月間を「新規委託者保護育成期間」とし、右期間中は、その売買枚数を原則として二〇枚以内に制限しており、仮に新規委託者から二〇枚を超える建玉をしたい旨の申請があった場合には、顧客カードの記載内容を調査するとともに、委託者の商品取引に関する知識、理解度を勘案し、必要に応じ直接顧客に対する事情聴取を行って審査し、その調査及び審査内容を具体的に記載した調書を作成したうえで、特別担当班責任者が二〇枚を超過する建玉の承認を与え、右承認に当たっては妥当と認める枚数を明確にしてその範囲内で受託するよう担当者に指示し、その後において妥当と認めた枚数を超える建玉申請があった場合は、その理由に留意して極力変更は行わせないこととしている。そして、ゼネラル貿易においては、右の審査・承認を総括責任者(当時、E取締役)が行うこととなっていた。しかるに、Cは、原告が二〇枚を超える建玉をしたい旨自発的に申し出ていないにもかかわらず、原告を誘導・操縦して、八月四日の本件取引2以降二〇枚を超える建玉を行わせ、E取締役もCからの要請にそのまま承認を与え続けて、右規則に違反していた。

(三) 向い玉

向い玉は、顧客と商品取引員との利害が対立するもので、商品取引員がこれを行えば、顧客との先物取引委託契約上の忠実義務に違反することとなるから、商品取引所法九四条四号、同法施行規則七条の三第二項及び取引所定款に定める禁止事項⑥は、商品取引員が、専ら投機的利益の追求を目的として、受託に係る売買取引と対当させて、過大な数量の売買と取引をすることを禁止し、昭和四五年五月三〇日農林省農林経済局長通達四五農経C第一六三一号も、向い玉を禁止している。

しかるに、ゼネラル貿易は、本件先物取引期間中に、いわゆる差玉向い(商品取引員が顧客から委託を受けて取引した委託玉と商品取引員自らが取引した自己玉を併せた建玉全体が、売・買ほぼ同数となるように自己玉を調整する注文の仕方)を行っていた。

ゼネラル貿易が差玉向いを行っていたことは、① ゼネラル貿易の一日の取組高について、売・買を各限月毎または建玉全体で比較すると、いずれにおいても恒常的に売・買ほぼ同数となっていること、② ゼネラル貿易の一日のあるいは各場節毎の取組高における、各限月毎の売玉の買玉に対する比率、建玉全体の売玉の買玉に対する比率は、いずれも恒常的に九〇パーセント前後となっていること、③ ゼネラル貿易と取引所との約定差金(一営業日を一計算区域として、一計算区域において、場節毎、限月毎に成立する各約定値段と、取引員との精算の便宜のために設定される帳入値段との差額)及び帳入差金(計算区域が新しくなって、新たな帳入値段が設定されたときに、取引員との間で精算される旧帳入値段と新帳入値段との差額)は、ゼネラル貿易の扱った売買枚数及び取組高からみて、その合計額が極めて小額であり、約定差金、帳入差金とも、委託玉と自己玉の損益が全く逆になっており、しかも概ね委託玉が損失を受け、自己玉が利益を得ており、恒常的に顧客の損がゼネラル貿易の利益となっていることから明らかである。

(四) 両建

両建は、端的に言えば、ほぼ決定的となった損失額を後日に繰り越すに過ぎない消極的な手段であって、局面の好転を図ることは至難に近いことである一方、顧客にとっては、両建のために新規建玉した分の証拠金を支払わなければならず、また、建玉が増えた分の売買手数料を支払わなければならないといった不利益が拡大するもので、無意味かつ不適当な取引方法であるから、商品取引員が顧客に勧めるべきではなく、指示事項10は、同一商品、同一限月について、売または買の新規建玉をした後(または同時)に、対応する売・買玉を手仕舞せずに両建するよう勧めることを禁止している。

しかるに、原告の取引状況をみるに、

(1) 本件取引期間中、昭和五八年八月初旬及び同九月中旬を除いて、常時両建の状態に置かれていた。

(2) 評価損を生じている建玉を手仕舞わず放置させたまま、新規の反対建玉を行わせて両建としたうえ、相場変動によって評価益が生じた建玉のみを手仕舞わせ、あるいは手仕舞わないまま再び新規の反対建玉を行わせて両建の状態を継続させている(因果玉の放置)。これは、昭和五八年九月二一日(本件取引10)、一〇月三一日(本件取引21及び22)、一一月二八日(本件取引24及び25)、同五九年一月一九日(本件取引32)、五月二一日(本件取引93及び94)、同月二二日(本件取引95)の各買建玉に、顕著である。

(3) 同時もしくは極めて近接した日時に両建を行わせている。これは、昭和五八年八月三〇日の売建玉三〇枚(本件取引6)に対して九月三日の買建玉四〇枚(本件取引8)による売・買各四〇枚の両建、一〇月二八日の売建玉九〇枚及び同一〇枚(本件取引18及び19)に対して同月三一日(本件取引22)の買建玉三〇枚による売八〇枚・買六〇枚の両建、一一月二八日の買建玉四〇枚(本件取引25)に対して翌二九日の売建玉一〇〇枚(本件取引26)による売・買各一〇〇枚の両建、昭和五九年一月一九日の買建玉三〇枚(本件取引32)に対して同月二一日の売建玉三〇枚(本件取引33)による売・買各一二〇枚の両建、二月二二日の売建玉二〇枚(本件取引49)に対して翌二三日の買建玉二〇枚(本件取引52)による売九〇枚・買一〇五枚の両建、五月二一日の買建玉五〇枚及び同三〇枚ならびに翌二二日の同三〇枚(本件取引93ないし95)に対して翌二三日の売建玉三〇枚(本件取引97)による売・買各八〇枚の両建、というように顕著である。

(五) 無意味な反復売買

指示事項7は、短日時の間における頻繁な建ち落ちの受託を行い、または既存玉を手仕舞うと同時に、あるいは手数料稼ぎを目的とすると思われる新規建玉の受託を行うことを禁じている。

しかるに、原告の取引状況をみるに、

(1) 昭和五八年八月三日の買建玉二〇枚が八日後に(本件取引1と同4)、九月三日の買建玉四〇枚が六日後に(本件取引8と同9)、一〇月二〇日の売建玉二〇枚が四日後に(本件取引14と同15)、一〇月二八日の売建玉一〇〇枚のうち二〇枚が三日後に(本件取引18・20と同21)、昭和五九年二月一三日の売建玉三五枚が一〇日後に(本件取引48と同51)、二月二九日の売建玉三〇枚が九日後に(本件取引56ならびに同62)、四月一一日の売建玉二〇枚が六日後に(本件取引72と同77)、五月二一日の買建玉五〇枚のうち三〇枚が二日後に(本件取引93と同96)、五月二三日の売建玉三〇枚が九日後に(本件取引97と同98)、六月二二日の売建玉一〇枚が五日後及び六日後に半分ずつ(本件取引04と同06・07)、それぞれ仕切られており、新規建玉が仕切られるまでの期間が著しく短く、頻繁な売買を行わせている。

(2) 昭和五八年八月三日の買二〇枚を同月一一日に仕切った後、翌一二日には新規に同一限月の買二〇枚を建て(本件取引1・4・5)、八月四日の買一〇枚と同月一二日の買二〇枚とを同月三〇日に仕切った後、九月三日には新規に同一限月の買四〇枚を建て(本件取引2・5・6・8)、一〇月七日の売四〇枚と同月二〇日の売二〇枚とを二四日に仕切り、二八日には新規に同一限月の売一〇〇枚を建てる(本件取引13・14・15・18・20)といった、売直し・買直しを行わせている。

(六) 不当な増建玉

指示事項8は、利益金が生じた場合にそれを証拠金の増積みとして新たな取引をするよう執拗に勧めることを禁じているところ、Cは、例えば、昭和五八年一〇月二四日には、後場一節の取引で帳尻に生じた益金九五万四〇〇〇円のうち、四七万三二九〇円を原告に無断で証拠金に振り替えて証拠金総額を九六〇万円にし、後場二節で売八〇枚を建てて証拠金枠一杯に建玉を行わせている(本件取引15・16)。

また、指示事項9は、委託追証拠金(追証)が必要であるのにかかわらず、委託者が追証として預託した証拠金で、さらに新規建玉するよう仕向けることを禁じている。しかるに、Cは、原告が昭和五八年一〇月五日付けの三三四万一〇〇〇円の追証請求に応じて、同月一四日に国債三〇〇万円とその頃にB株式一二六一株及び現金四二万円を交付し、これにより、原告の預託した証拠金が合計九五二万一三二〇円となったことを利用して、同月二〇日に売二〇枚を建てさせ(本件取引14)、同月二四日には前記のとおり帳尻から振り替えた証拠金を加えて売八〇枚を建てさせて(本件取引16)、証拠金枠一杯の取引をさせた。

(七) 過大な売買取引

(1) 過大な売買回数・取引量

原告の本件先物取引は、昭和五八年八月から同五九年九月までの一四か月間で、取引回数が合計一二三回、取引量にして二六八〇枚(新規・仕切りの双方。以下同じ。)に上り、一か月平均八・八回、一九一枚である。しかも、取引が実質的に終了した昭和五九年六月(同年七月以降は、新規は八月の一回〔五枚〕だけである。)までの一一か月間でみれば、取引回数一一三回、取引量二六三五枚であり、一か月平均一〇・三回、二四〇枚となる。これらは、明らかに過当・過大である。

(2) 過大な取組高

原告の建玉合計数は、取引開始の昭和五八年八月三日は二〇枚であったが、同月一〇日には四〇枚、同年九月三日には八〇枚、同年一〇月二〇日には一〇〇枚となり、その後も増え続けて、同年一一月二九日には二〇〇枚(売・買各一〇〇枚)となっており、同日のゼネラル貿易の全受委託数七〇七五枚の約三五分の一を占めていた。その後も、原告の建玉合計数は二〇〇枚を上回ったまま推移したが、最も多数であった昭和五九年二月三日及び同月二二日の各二五〇枚は、右各同日のゼネラル貿易の全委託玉数(七三九八枚と七一一六枚)の三〇分の一以上を占めていた。このように、原告の取引量は明らかに過大であった。

(3) 過大な手数料負担

原告は、本件取引により、ゼネラル貿易に対して一〇〇三万六二五〇円の手数料を支払っているが、これは原告が本件取引に投下させられた全資金二三六八万八七五〇円の四割余を占める。また、取引開始の昭和五八年八月から取引が実質的に終了した同五九年六月までの間の手数料平均月額は九〇万円に上る。特に資産家というわけでもないごく平凡なサラリーマンで、当時の手取月収が約二六万円であった原告にとって、かような取引が不相応・不合理なものであることは明らかである。

(八) 不当な取引継続

(1) 益金の不返還・無断振替

受託契約準則によれば、商品取引員は、委託を受けた売買取引について益金を生じたときは、六営業日以内に顧客に支払わなければならないとされているにもかかわらず、Cは、昭和五八年八月一二日に益金一五万円を支払ったのみで、その後、同年八月三〇日の益金一五万円及び同年九月九日の益金三〇万円、合計四五万円については、原告の再三の催促にもかかわらず、支払わないまま放置し、同年一〇月一日には、証拠金額が一枚七万円から八万円に増額され、原告の当時の建玉八〇枚に必要な証拠金が六四〇万円となったため、その不足額を補うために右益金の内四一万六〇〇〇円を原告に無断で証拠金に振り替えた。

(2) 帳尻の不精算

原告は昭和五八年一一月一一日に赤字になって以降、一貫して赤字続きであったところ、損金の精算はその都度行うべきであるにもかかわらず、C及びDは、昭和五九年二月二八日に初めて、証拠金から四一六万四二九〇円を振り替えて精算し、その後も、同年三月三〇日に同じく二六二万五〇〇〇円を精算し、取引の終了段階である同五九年八月一八日に一六二五万二五〇〇円、同年九月二七日に一六八万六二五〇円をそれぞれ同様に精算しただけで、それぞれの間は、損金を精算しないまま放置していた。

(九) 顧客に損失を生ぜしめる意図での操縦

昭和五九年二月限から同年一〇月限までの各限月毎に、ゼネラル貿易の自己玉取組高と原告の新規建玉及び仕切りの状況をみると、いずれの限月の玉についても、ゼネラル貿易の自己玉については、相場の変動に対応した新規建玉・仕切りを行って利益を上げていながら、原告の建玉の方は、値が下がっていき(買建玉の場合)、あるいは値が上がっていっている(売建玉の場合)にかかわらず、仕切らないまま因果玉として放置して、多額の損害を被らせた。これは、ゼネラル貿易が、原告のような操縦し易い顧客を選んでこれに徹底的に損害を加え、総体としての顧客に損を生じさせ、これと向い玉の関係に立つゼネラル貿易が自ずと儲かることを企図したものである。

5  ゼネラル貿易及び被告の不法行為責任

(一) 本件先物取引の勧誘から取引終了に至る右の一連の違法行為は、ゼネラル貿易の営業方針に副った営業活動であり、ゼネラル貿易の組織的不法行為であるから、ゼネラル貿易は民法七〇九条に基づき、原告の損害を賠償する責任がある。

(二) また原告は、ゼネラル貿易の従業員であるB、C及びDがゼネラル貿易の事業の執行につき行った、右のような違法な勧誘や受託業務遂行により、損害を被ったのであるから、ゼネラル貿易は右三名の使用者として原告の損害を賠償する責任がある。

(三) 被告は、前記のとおり、ゼネラル貿易を吸収合併したから、同社の原告に対する損害賠償責任を承継した。

6  損害

(一) 原告は、本件の一連の先物取引により、売買差金として一三六五万二五〇〇円、手数料として一〇〇三万六二五〇円の合計二三六八万八七五〇円の損害を被った。

(二) 原告は、本件訴訟の提起・追行を弁護士である原告訴訟代理人らに委任することを余儀なくされ、その報酬の支払いを約したところ、その内二五〇万円は本件不法行為と相当因果関係のある損害である。

7  まとめ

よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金二六一八万八七五〇円及びこれに対する本件先物取引終了の日である昭和五九年九月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)について

(一) 同(一)のうち、原告が本件勧誘を受けるまで商品先物取引に対する何らの知識も有していなかったとの点は争い、その余は認める。

(二) 同(二)は認める。

(三) 同(三)も認める。

2  請求原因2(ゼネラル貿易による勧誘)について

(一) 同(一)(Bによる訪問勧誘)について

前段は認める。

後段のうち、Bが原告に対して、ゼネラル貿易作成のパンフレット「輸入大豆取引の手引き」(甲第一七号証)を示し、右パンフレットや持参の便箋(甲第一八号証の一ないし七)に書き込みをしながら、輸入大豆の国内先物取引を勧誘したことは認めるが、その余は争う。

(二) 同(二)(Cによる電話勧誘)のうち、原告がBの右勧誘に対して、先物取引を始める旨の返事をせず、Bが辞去したこと、その後、Bが原告に架電し、Cが替わって、買い注文をするには絶好の状況である旨を説明して、熱心に勧誘したことは認める。ただし、右架電は翌八月二日午前一〇時過ぎころである。その余は争う。

(三) 同(三)(Cによる訪問勧誘)は否認する。

八月二日、原告から受託契約書等の書類に署名・押印を受け、原告に「しおり」「手引」等を交付したのは、いずれもBであり、その時刻は午後四時ころである。同日、Cが原告を訪問したことはない。

3  請求原因(本件先物取引の経過)について

(一) 同(一)のうち、原告の別紙一覧表のとおりの各取引委託の事実は認めるが、それがC及びDに指示されるまま行われたとの点は否認する。

(二) 同(二)について

ゼネラル貿易の原告の担当者が、当初、Cであったが、昭和五九年四月に支店長がCからDに交替し、これに伴い原告の担当もDとなり、これ以降の取引が仕切り中心となったこと、原告が別紙取引一覧表のとおりの取引の証拠金として、原告主張の現金計八四八万円、株券及び国債を預託したこと、差益金を証拠金に振り替えたことがあること、昭和五八年一〇月一日に輸入大豆の証拠金が一枚当たり八万円に増額されたこと、差損決済として証拠金を振り替え、株券等を換金して(処分価格一五五一万八二四三円)決済に当てたこと、ゼネラル貿易が原告に差益金一五万円を支払い、取引終了後に清算後の証拠金残金一五万九四九三円を返還したこと、原告が本件取引で結局二三六八万八七五〇円を損失したこと、そのうち取引差損金は一三六五万二五〇〇円であり、ゼネラル貿易の手数料が一〇〇三万六二五〇円であったことは認めるが、その余は後記被告の主張のとおり、否認し、争う。

(三) 同(三)の事実は認める。

4  請求原因4(ゼネラル貿易の違法行為)はすべて争う。後記の被告の主張のとおりである。

5  同5(ゼネラル貿易及び被告の責任)も争う。

6  同6(原告の損害)も争う。

7  同7も争う。

三  被告の主張

1  勧誘及び受託について

(一) 原告の取引適格性

以下の事情を総合すれば、原告は、新規委託者保護管理協定あるいは同規則で勧誘不適格者とされる未成年者、主婦、年金生活者、退職者、生活保護受給者、病人、身体障害者等に該当しないばかりか、むしろ、十分な学識と教養、社会常識を備えた人物であり、新規受託者とはいっても、商品先物取引についての外務員の説明を十分に理解しかつ自ら判断する能力を有し、しかも世間並み以上の収入及び十分な資力を有する人物であって、商品先物取引の適格を十分に有する人物である。

(1) 原告は、過去に本件と同様に外務員の訪問を受けて毛糸の先物取引の勧誘を受け、自らの判断で取引への参入を断った経験を有する。

(2) 原告は、本件先物取引開始当時満五九歳で、土木建築請負業では全国大手のb社に長らく勤務し、工事事務所長として長年工事現場の統轄責任者を務めたほか、本社の購買課長や工事課長、工務部次長等の要職を歴任し、退職後は、b社で培われた経験、技能を買われて、同じく全国規模で土木建築請負業を営むc社に就職し、同社○○営業所長として、諸官庁への挨拶廻り、諸官庁外からの工事受注のための営業活動及び同営業所の統轄業務を行っていた。

(3) 原告は、本件先物取引開始当時、大阪府d市に自宅(土地建物)を所有し、c社から年収五〇〇万円を下らない給与を受け(なお、これは、昭和五七年賃金センサスにおける、旧中学・新高校卒業の男子労働者で五五ないし五九歳の者の平均年収額を大きく上回る。)、暮らし向きに困るようなことはなく、b社退職時に一六〇〇万円余りの退職金を得て、これを基に国債、貸付信託を購入し、残りは郵便局の定期貯金にし、この他b社勤続中に貯蓄した預貯金類が相当額あり、b社の株式三万九五〇〇株程度、日立製作所、日新製鋼等の株式も相当数保有していた。

(二) B及びCによる勧誘・受託の経緯

(1) B及びCによる勧誘・受託の経緯は以下のとおりである。

① Bは、昭和五八年八月一日午前中、高松市内の大手会社の支店長や営業所長、地場優良企業の社長や専務等の役員を対象に、それらの事業所を直接訪問する方法で勧誘活動を行っていたもので(Bが、これらの人を勧誘の対象としたのは、相応の役職、地位にある人物であれば、商品先物取引をする上で、十分な知識、教養、理解力、判断力、収入、資力を有していると判断してのことである。)、右勧誘活動の一環として、午前一一時三〇分ころ、地元では大手の建設・土木関係の会社として知られていたc社・○○営業所を訪問し、「パンフレット」(甲第一七号証)その他の資料を示して原告を勧誘したものである。原告がBの話に興味を示したため、Bは、約一時間程度をかけて、日本経済新聞やゼネラル貿易が普段に利用している情報誌等の確実な情報に基づき、輸入大豆の例年の値動きとして、一、二月は安く、三、四月にかけて値上がりし、五、六月にかけて下げて、七月から九月ころにかけて上げ、一〇月ころ一旦下げるが、また一一、一二月にかけて上げるという値動きを取ることが多いこと、今年は、アメリカでは減反に加えて熱波の影響で作柄が不況で連日のように値段が続伸してきており、ソ連の大量買付の動きがあるうえ、ブラジルの長雨、アルゼンチンの旱魃等の影響で、これらの地域における作柄も良くない等の状況から、今後も輸入大豆の値動きは例年以上に続伸していくと予測できることを説明した。続いて、持参の便箋に原告の眼前で書き込みをしながら、売買単位、委託証拠金、委託手数料、限月、注文の仕方、損益計算の方法、追証の必要性等の大豆取引の仕組みや売買取引の方法について、判りやすく具体的に説明し、併せて、取引を始めた場合に確実に利益を得るためには、大きな利益を狙わずに控え目なところで取引した方が無難であるとのアドバイスをした。

なお、この際、原告はBに対して、過去に毛糸の先物取引の勧誘を受けたことがある旨話していた。

② 同日昼過ぎころ原告の勤務先を辞去したBは、夕刻ゼネラル貿易高松支店に戻り、Cに対する営業報告の中で、原告に対する右勧誘の経緯及び顛末につき、大要、原告が大手建設会社の○○営業所長であること、過去に商品取引の経験もあるような人物で、取引の仕組みや取引の仕方についても十分な理解力があり、資金的にも十分余裕のある人物であること、勧誘の結果は、大いに関心・興味を持っている人物のように見え、取引を始めてもらうのに有望な見込みのある客でこと、を報告した。

③ 翌八月二日朝入手した外電が、大豆のストップ高を報じていたことから、いよいよ好機と判断し、同日午前一〇時過ぎころ、Bが原告に架電し、Cが電話を替わって、約一〇分間程、朝から大豆のストップ高をつけて値段が高騰しており、国内相場もその影響を受けて朝一番から高騰してきていること、前日のBの説明同様に、大豆の作柄や天候等の状況が買注文をするのに絶好であることを述べて、熱心に勧誘した。これに対して、原告が「もう、そこまで上がってきているのか、まだ上がりそうか。」「みんなは大体幾らくらいからするのか。」等と述べ、取引を始めてもよいような口振りを示したため、Cが「大体一〇枚とか、二〇枚くらいから始められます。」旨答えると、原告は「二〇枚くらいだったら別に無理がないからやってみる。」旨を述べて、ゼネラル貿易に委託して二〇枚の買注文から先物取引を開始することを告げた。そこで、Cは、後刻改めて先物取引受託契約の手続にBを原告勤務先に出向かせる旨を告げ、同日午後四時ころ訪問する約束を得た。

④ Bは、右約束通りに原告勤務先を訪れ、原告に、「承諾書」(乙第八号証の一)及び「通知書」(乙第九号証)に必要事項を記入のうえ署名・捺印をもらい、続けて、「お取引の知識」(乙第三号証)、「商品取引委託のしおり」(乙第四号証)、「お取引の手引」(乙第五号証)、「相場が逆方向に動いた場合の処方箋」(乙第七号証)をそれぞれ交付して、「受領書」(乙第一〇号証)及び「『商品取引委託のしおり』の受領について」と題する書面(乙第一一号証)に必要事項を記入のうえ署名・捺印してもらった。この際、Bは、右の「商品取引委託のしおり」や「お取引の手引」をそれぞれ原告の眼前で開いて示しながら、改めて商品取引の仕組みや委託の手順、委託証拠金、売買取引の決済の方法、相場が逆方向に動いた場合の処方等について、基本的で重要な用語や事項について、ペンで印をつけながら、ひとおりの説明を加えたが、前日から二日間にわたるBの説明で、原告も相場の状況、取引の仕組みや仕方等について十分に理解した様子で、格別理解できていないような言動は示さなかった。

二〇枚の買注文に必要な委託証拠金一四〇万円の預託については、原告が翌八月三日午後二時ころ交付する旨述べたことから、Bが右日時ころに改めて原告勤務先に出向いて、これを受領した。

(2) 以上の勧誘・受託の経緯からみて、B及びCの各行為には違法・不当な点はない。

すなわち、

① BやCの説明の内容は、当時の大豆取引の状況について客観的に報じられていた事実や材料、値動き等の資料に基づくもので、いわば周知の事柄だったものであり、虚構の事実を述べたり、殊更事実を誇大に述べたようなものではない。

また、法や準則が「顧客に対し、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して、その委託を勧誘すること」を禁じた趣旨は、要するに、先物取引における危険性を隠蔽し、投機的要素の少ない取引であると委託者が錯覚するような勧誘を禁止する、あるいは、委託者に商品取引の投機的本質を誤解させる危険があるからこれを禁止するにあると解されるところ、BもCも、殊更先物取引の危険性を隠蔽したり、あるいは投機的要素の少ない取引であると錯覚・誤解させるような勧誘をしたことはない。

② 原告の場合、Bらからの勧誘を受ける以前から、先物取引が投機であり、利益の大きさの反面危険性も大きい取引であることは十分承知していたものであり、敢えて並々ならぬ熱意で自らの判断をもって取引を開始したものである。

原告が、八月一日のBの勧誘を約一時間に亘って聞き、その時の前記「パンフレット」や便箋を本裁判に至るまで保有していたこと、八月二日の受託契約締結後、早速二〇枚の買建玉に必要な委託証拠金一四〇万円を現金で用意したほか、同月四日には、さらに取引を拡大するために、委託証拠金の代用として使われることを十分に承知したうえで、b社の株券一万四五〇〇株分をd市の自宅から取り寄せ、同月四日に七〇〇〇株、同月一一日に七五〇〇株を預託していること、前記の「商品取引委託のしおり」や「お取引の手引」を常時勤務先の自分の机の引き出しの中に入れていて、これを折々にアンダーライン等をつけながら熟読していること等の事情は、原告の先物取引に対する並々ならぬ関心と熱意の証左である。

2  本件先物取引の取引内容について

(一) 原告の意欲的かつ積極的姿勢

本件において際立っていることは、取引開始からその終了に至るまで、終始原告が意欲的かつ積極的に取り組んできたことであり、顧客がこれほど積極的に取り組みながら紛議となった稀有の事例とも評価できるものである。

すなわち、

(1) 原告が「商品取引委託のしおり」や「お取引の手引」を熟読していたことは、前記のとおりであるが、殊に、委託証拠金(中でも追証)の内容・性格、ならびに、相場が逆方向に動いた場合の処方については、先物取引が投機性が強く、危険性の高い取引であることを判ったうえで、相当の研究をしており、相場が逆方向に動いた場合の対処法としては、追証の外、決済(損切り)、難平、両建、途転の五つがあることをよく理解し、実際の取引の中でも、これらの手法のどれかを随時相場の動きに合わせて選択・実行していたものである。

(2) 原告は、本件先物取引期間中、極めて頻繁にゼネラル貿易高松支店に出入りしており、その都度、担当者であるC、その他の従業員から相場の状況を聞き、資料をもらい、自ら残建玉の値洗損益を計算する等して、その時々における残建玉の損益を評価してその内容を把握し、さらには、その都度担当者と打合せをして検討を加え、納得ずくで相場の動きに対応して売買(建ち落ち)注文をしてきたものである。

(3) 原告が取引開始直後から、取引拡大に備えて、松村組の株券を自宅から取り寄せて事前に準備していたことは、前記のとおりであるが、その後も、両建のための委託証拠金や追証を、手持ちの株券や国債、現金等でその都度遅滞なく工面してきた。

(4) 原告が頻繁にゼネラル貿易高松支店に出入りしていたことは、前記のとおりであるが、このほか、原告は、売買の都度ゼネラル貿易から郵送される「売買報告書」及び「計算書」(乙第二一号証)に目を通し、毎月一回程度の割合で各月末ころに郵送される「残高照合ご通知書」(乙第二二号証)にも目を通し、その都度欠かさず「残高照合の回答書」(乙第二三号証)に必要事項を記入のうえ、ゼネラル貿易に送り返しており、加えて、原告の注文に基づく売買が成立した場合には、必ずその都度、ゼネラル貿易高松支店のサービス部係従業員が原告勤務先に連絡確認の電話を入れていた(乙第五〇号証)。これらの来社、電話連絡、報告書、計算書、通知書等により、原告は、絶えず十分に自己の取引内容や損益状況等を熟知し、格別異議を申し出るようなことはなかった。

(二) 本件先物取引の概要

(1) 前記のとおり、本件先物取引を開始した八月三日ころの大方の相場予想では、夏場から秋口にかけて今後とも値上げ基調が続くとの予想が支配的であったが、実際の相場は逆に動き、八月一〇日には、本件取引1の買建玉二〇枚と本件取引2の買建玉一〇枚に損が生じる虞れが出たため、Cは、相場の様子を見る意味で一〇枚の売建玉を勧め、同日、原告から右同様の指示を受けた(本件取引3)。翌八月一一日、原告とCが相談のうえ、利が乗っている本件取引1の買建玉二〇枚を仕切って利食うことを決め、同日後場一節で右二〇枚を仕切り(本件取引4)原告は一五万円の利益を得、これを翌八月一二日夕刻Cが原告に届けた。同日午前中、Cは原告と相談のうえ、二〇枚の買建玉の注文を受け(本件取引5)、本件取引3の売建玉一〇枚については僅かの評価損が出ていたが、損切りせず残すこととなった。その後、相場は上げ下げを繰り返して基調が定まらなかったため、原告はCと相談のうえ、二週間以上様子を見ていたが、八月三〇日、原告はCと相談のうえ、シカゴからの外電が急落を告げていることや材料的にも値下げ材料が多いこと等から、今後しばらく値下げ基調が続くとの予想を立て、これまでの買建玉三〇枚を全て手仕舞い(本件取引6)、新たに三〇枚の売建玉をし(本件取引7)、合計四〇枚の売建玉のみにして値下りによる利益を狙うこととなった。

ところが、その直後の九月三日、外電では、ソ連のミグ戦闘機が大韓航空機を撃墜したこと(いわゆる大韓航空機事件)に伴い、シカゴ市場は一時ストップ安をつけたが、その後反発してストップ高をつけたことを報じていて、これにつられて国内市場も急に値を上げてきたため、原告はCと相談のうえ、評価損の出ている右売建玉四〇枚について、このままでは追証も懸念されることから、四〇枚の買建玉をして様子を見ることとなった(本件取引8)。

その後約一週間のうちに、値は一旦五七四〇円まで上げた後九月九日には五三五〇円に下げ、落ち着きそうであったため、原告はCと相談のうえ、今後は値下がりに向かうと判断し、右買建玉四〇枚を利食って売建玉四〇枚を残すこととした(本件取引9)。

ところが、予想に反し、相場は再び上げて九月一三日にはストップ高をつけ、右売建玉四〇枚に大きな評価損が出てしまい、原告とCは、右の買建玉四〇枚の売り落ち処分(本件取引9)が結果的には早過ぎて失敗だったことから、もうしばらく相場の様子を見ながら対処するよう話し合った。相場は、九月中旬ころに一時下げたものの、九月二一日にはシカゴ市場の動きを受けて再び急騰して五五三〇円に達し、さらに値上がりの気配を示し、前記売建玉四〇枚の評価損が広がったため、原告はCと相談し、損切りだけはしたくない旨の原告の意向に副って、新たに四〇枚の買建玉を行い、両建にして相場の様子を見ることとなった(本件取引10)。

その後の相場は、九月二五日ころまで高値が続き続伸していたが、翌九月二六日ころから急に下げ始め、有効な対応策をとる暇もないまま、一〇月五日には追証が発生してしまったため、Cは出張先の原告と連絡を取り合い、原告が早急には追証の手当てができないとのことであったので、翌一〇月六日に追証のがれの方策として評価損の少ない方の売建玉の一部を処分した(本件取引11)。

(2) ところで、結果的には、前記九月二一日の五五三〇円が、その後の相場の動きとの関係上最高値に近い値段となってしまい、一〇月中旬ころから翌五九年にかけて以降は、比較的小幅の上げ下げを繰り返しながら大筋においては下げ続けていったため、本件取引10の買建玉四〇枚(五五三〇円)は、限月の五九年一月までの間一度も右約定値段にまで回復せず、評価損を広げる結果となってしまった。

この間、原告もCも、五九年二月の限月までには十分値が回復するとの予想をもって取引を続けていった。評価損を生じていた右の買建玉四〇枚について、Cは何回か損切りを勧めたが、原告がこれに応じなかったため残されることとなり、限月である五九年二月に向けて値の上げ下げに相応して、絶えず原告とCとで相談しながら、あるいは売り越し(売建玉の枚数を買建玉の枚数より多くすること)、あるいは買い越し(右の逆)をしながら、取引を重ね、それなりの成果を上げた。しかし、結局、右の買建玉四〇枚については、五九年二月の限月近くになっても値が回復しなかったため、値動きを見守りながら、まず五八年一〇月二八日に一〇枚(本件取引19)、一二月二七日に同じく一〇枚(本件取引29)、そして翌五九年二月に五枚ずつ四回に分けて(本件取引36・39・41・44)、それぞれ損切りをしていった。

(3) 五八年暮れころから翌五九年二月にかけて、右の買建玉四〇枚の損切り処分によって大きな確定損を生じてしまうことが確実となったころから、原告は新規の取引による利益で右の損失を穴埋めしようと考え、その取引枚数は急に増加したが、結果的にみれば、儲かったり損したりという状態が続いた。

五九年二月を過ぎると、結果的にみれば、相場の基調は従前にも増して乱高下を繰り返しながら大筋においては値を下げるという動きを示し、原告は頻繁に担当者と相談し、時には担当者の助言を受け入れずに、建ち落ちの注文をして、仕切りによる利益についてはこれを証拠金に振り替えて増建玉しながら(利益金の証拠金への振り替えは、これ以前から行われているが、これは、前記のとおり早い段階から大きな評価損が生じたことから、原告も納得ずくでこれを挽回するための建玉等の必要証拠金に振り替えられたものにほかならない。)、取引を継続していった。

(4) 三月末にCが転勤し、四月からは後任の支店長Dが原告の担当者となった。

Dも頻繁に原告と相談して、助言もし、何とか従前の確定損及びその当時の評価損を取り戻すよう努めたが、Dが引き継いだ時点では既に、原告の建玉の内容は相当悪化していて(乙第二三号証の九)、資金的にもあまり余裕のない状態となっていたため、仕切り処分によって得られた利益金を証拠金に振り替えながら取引を継続していった。Dは、九月の取引終了に至るまで、相当回数に亘って原告から売買注文を受けたが(本件先物取引全体の約半分に相当する。)、Dが担当するようになって以降も、結果的には相場の基調は変わらず、予想が当たって相当額の利益も出た反面、いくら何でもそろそろ反発して上げるだろうとの予想で買建玉を行った分がかなりの枚数裏目にでてしまい、結果的には損を広げてしまった。

3  違法性に関する原告の主張に対する反論

(一) 無意味な反復売買について

本件先物取引は、昭和五八年八月から同五九年九月まで一四か月の長期にわたって続いたもので、この間、原告は頻繁にゼネラル貿易に出向いたり、電話連絡をとって担当者と相談しながら取引を行っていたものであって、自ずとその取引回数が増えていったことは格別異とするにあたらない。加えて、その取引内容も、従前の損を取り戻すべく原告も積極的に関与し、担当者の助言を受けたとはいえ、原告自らの判断において取引をした結果であるし、個々の取引を結果的にみれば、確かに損失を生じているものも多々みられるが、これとほぼ同じくらい利益を生じた取引もあり、相場の逆行に対処すべくその時々の相場の動きに応じて建玉又は仕切りを行った分が結果的に損失を出したとしても、これは相場である以上止むを得ない結果であって、無意味な反復売買とは到底言えない。

(二) 両建について

確かに指示事項は、商品取引員に対し、同一商品、同一限月について、売りまたは買いの新規建玉をした後または同時に、対応する売買玉を手仕舞いせずに両建するよう勧めることを禁止しているが、これは、同時両建や、損勘定になった建玉を放置して反対建玉を行い、委託者の損勘定に対する感覚を誤らせ、あるいは手数料を意図した常時両建を禁止したものと言われている。

しかるに、本件の場合、原告は頻繁に担当者と相談していて、相場が予想に反して逆行したことも逐一詳細に内容を把握していたこと、本件先物取引における両建は、同一限月、同一枚数の両建が少なく、むしろ限月、枚数の異なる両建の方が多いこと、追証、損切り等の他の対応策を採った取引も相当数見受けられること等からみて、相場の逆行に対する処方の一つとして、原告が担当者と協議のうえ、追証、損切り等の他の手法とも比較検討して、必要に応じて自らの判断で、両建を選択したものにほかならない。また、原告は、前記のとおり、ゼネラル貿易からふんだんに自己の建玉の損益に関する資料の提供を受け、自ら取引開始後の早い段階から損益計算ができていた人物であり、原告が損勘定に対する判断を誤っていたものでもない。

相場が予測と逆行した場合の対処法としては、途転(まず建玉を損切りしたうえで次に反対の建玉をして仕掛け直す方法)や難平(当初の建玉と同種類の玉を順次建てていって、建玉値段を平均化させて相場の反転を待ち、前の建玉による損を後の建玉による利益で回復しようとする方法)もあるとされるが、これらはうまくその後の相場予測が当たれば一挙に損を挽回する可能性がある代わりに、予測がはずれれば逆に一挙に新たな損を発生させる危険も大きく、そのため、両建(当初の建玉とほぼ同数の反対建玉をすることで一方の建玉の損を他方の建玉の利益によって補いつつ、相場の基調が当初の予測と同じになった頃合を見計らって両建状態を解消し、当初の損を挽回する方法)が今日の国内先物市場においてよく用いられているところである。

そもそも、一旦相場の予測がはずたことによって生じた評価損をその後の相場の動きに応じて挽回すべく右のいずれの手法も採られるわけであるから、結局は、いずれの手法を採ろうとも、その後の相場予測が当たらないかぎり挽回は難しく、これが再びはずれれば損が拡大することに変わりはない。したがって、仮に思い切って損切りをしたとしても、委託者がその取引のみで止めてしまわないかぎり、その後に再び取引を始めた場合には、その予測がはずれれば新たな評価損を生じ、結果的に損切りしないまま取引を継続した場合と何ら変わらないことになる。

(三) 因果玉について

本件先物取引において、結果的に因果玉の状態となって取引が終了し損失を出した取引がいくつかあることは事実であるが、そのいずれにおいても、ゼネラル貿易の担当者が仕切りを拒否または回避したり、殊更仕切りを延引するような誘導をした結果ではなく、その原因は、相場の動きが当初の予想に反して乱高下を繰り返し、相場が予想に逆行した際に建玉したものが結果的に因果玉の状態になったこと、相場の通例からして、「一旦下げたものは上がり、一旦上げたものは下がる」という値動きの流れから、一旦逆行した値動きも限月内に一度は回復の機会が必ず来ると確信して、その機会を待ったが、いずれの場合も、限月内にその機会が来ないまま納会前に仕切った結果、損失を発生させてしまったこと、原告が損切りを嫌ったことにある。結局、原告自身の選択と判断に由来するものに過ぎない。

(四) 過大な売買取引と仕切りの回避・拒否について

(1) 取引量が過大か否かは、委託者の取引に対する取組の姿勢・意欲・資金力、相場の状況等との相関関係の中で捉えるべきもので、単にその取引枚数のみで評価できるものではない。しかるに、本件の場合、前述のとおり、原告は取引当初から意欲的に本件先物取引に取り組み、資金的にも相当額の資金を有していて、ただ、相場が取引開始のかなり早い段階から予想に逆行して評価損を出してしまったために、これを新規の売買取引によって挽回すべく建ち落ちを繰り返していき、これが取引枚数の増加に繋がったに過ぎない。しかも、この程度の枚数の取引は、それ自体それほど多枚数の取引とも考え難く、到底過大な売買取引とは評価できない。

(2) ゼネラル貿易の担当者が仕切りを回避・拒否したことは一度もなく、本件先物取引は全て原告との協議を行ったうえでの委託処理である。もっとも、相当回数の建ち落ちの中で、あるいは担当者が原告の考えと異なる助言をし、原告がそれを容れて仕切りを先に延ばしたことがあったかもしれないが、しかし、そうだとしても、最終的には原告自身の判断であることに変わりはない。むしろ、多くの場合、原告は、損切りを勧める担当者の助言に応じず、極力損切りを避けて挽回を図ることを要請していたものである。

(五) 不当な増建玉、利益金の支払回避について

利益金の証拠金への振り替えは、前記のとおり、相場の逆行によって生じた損失を新たな売買取引によって挽回すべく新規に建玉するための必要証拠金として利用するために行ったものであり、全て原告と担当者との協議の結果であって、指示事項8及び9に違反するような事実は一切ない。

4  損害について

(一) 仮に、本件の勧誘・受託以来の本件先物取引の過程において、ゼネラル貿易に何らかの違法・不当な事由があったとしても、勧誘から取引終了までの全過程が違法・不当であったとは到底考え難く、その違法・不当な事由と相当因果関係のある損害は、原告主張の損害の一部に限定されるべきものである。

(二) 前記のとおり、原告は、本件先物取引開始の当初から終了に至るまでの一四か月間、極めて頻繁にゼネラル貿易高松支店に出入りして、自己の建玉の内容、相場の状況について、常時、情報や資料を得、担当者と打合せをして相場の動きに検討を加え、また、その他に、日々担当者と電話連絡を行い、さらには、ゼネラル貿易から取引の都度、報告書、計算書、通知書等の送付を受け、各月末には当月現在の建玉の内訳、損益の内容、証拠金の内訳等に関する通知書等の送付を受けており、自己の取引内容については常にその詳細を把握していたものである。そのうえで、原告は、相場の動き(逆行した場合も含めて)に合わせて、適宜担当者と協議し、その助言も得て、取引を継続してきたもので、自らの判断で損害を最小限に食い止めようと思えば、いつでも、どの段階でも、損切りをし、あるいは新規の建玉をせず、または残玉全部を仕切ることによって、これを行うことができたはずのものである。結局最後までそうしなかったのは、原告において従前の損を挽回すべく次々に新規の建ち落ちを繰り返したことによるものであり、これが結果的に、相場の逆行も重なって損失を拡大させた主要な原因になったものにほかならない。

したがって、仮に被告に何らかの責任があったとしても、大幅な過失相殺がなされて然るべきである。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張は全て争う。

(過失相殺の主張に対する反論)

(一) 以下のとおり、原告には、自ら損害を拡大したと評価できる言動は存在しない。

(1) 原告は、本件先物取引以前には投機的取引の経験が全くなかったし、本件先物取引開始の昭和五八年八月三日から同年一一月二日までの三か月間は前記の新規委託者保護育成期間中であったのであるから、この間にCの指示に押し切られてこれに従ったとしても、何ら責められるべきではない。

(2) 昭和五八年一一月三日以降も、翌五九年二月二日までは、日本弁護士連合会提唱の習熟期間(取引開始後六か月)中にあたり、この間、原告は、いまだ自主的判断能力が不十分であったのであるが、そしてCの指示に翻弄されながらも、何度となく取引の縮小・打切りを申し入れている。原告が取引を継続し、損失額が増大したのは、Cの違法不当、強引かつ執拗な説得に押し切られた結果である。

(3) 原告は、その後の取引終了までの間も、取引の縮小・打切りを申し入れている。

(二) 仮に、原告に何らかの落ち度があったとしても、それは、Cが先物取引の知識経験に乏しい新規委託者である原告の落ち度を誘発し、それに乗じて原告を操縦した結果であり、取引関係を規律する信義誠実の原則に照らして、被告が過失相殺を主張することは許されない。

第三証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)について

1  同(一)は、原告が本件勧誘を受けるまで商品先物取引に対する何らの知識も有していなかったとの点を除き、当事者間に争いがなく、同(二)及び同(三)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  右争いのない(一)の事実、原告本人尋問の結果(第一、二回)に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、大正一三年○月○日生まれで、昭和○年三重県a工業学校建築科を卒業後、直ちにb社に入社し、昭和三〇年ころまでは現場員として働き、その後、工事事務所長、購買課長、工事課長、工事部次長を経て、昭和四九年に○○営業所長に転じ、昭和五八年五月一〇日、三年間の定年延長により満五八歳でb社を退職し、同月一一日、c社に再就職して、新設の○○営業所長となったこと、昭和五八年当時の原告の主な資産としては、大阪府市の自宅(土地建物)、定期郵便貯金計二五〇万円(二〇〇万円と五〇万円の二口)、国債約九〇〇万円、住友信託銀行への貸付信託「ビッグ」三〇〇万円、その他の預貯金約二〇〇万円、昭和二〇年代に購入した日立製作所の株式三〇〇〇株及び日新製鋼の株式一五〇〇株、b社の株式三万九四六一株(昭和二七年ころ、勤続一〇年記念としてb社から贈与された株式四〇〇株が、その後の増資による割当で増加したもの)があり、当時の年収は約四〇〇万円程度であったこと、原告は、自宅のある大阪府d市から●●●に単身赴任しており、一か月一〇万円程度の生活費で暮らしていたこと、原告は、本件勧誘を受ける以前、右の日立製作所及び日新製鋼の各株式を購入した以外に株式取引の経験はなく、商品先物取引についても、約一五ないし二〇年前に毛糸の先物取引の勧誘を受けて断ったことがあるだけであり、投機的取引の経験は皆無であったこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二  事実経過

1  取引の勧誘

昭和五八年八月一日、ゼネラル貿易高松支店のBが原告の勤務先を前触れもなしに訪れ、原告に対し、「輸入大豆取引の手引 SOY BEANS」と題するゼネラル貿易作成のパンフレット(成立に争いのない甲第一七号証)を示し、右パンフレットや持参の便箋(成立に争いのない甲第一八号証の一ないし七)に書き込みをしながら、一時間弱に亘り、輸入大豆の先物取引を勧誘したこと、そして原告の委託により、同月三日ゼネラル貿易が、本件取引中の第一回の買建玉の注文を大阪穀物取引所に取り次いだことは当事者間に争いがない。

そこで、その注文までの勧誘方法等について見るに、成立に争いのない甲第一、二号証、甲第一七号証、第一八号証の一ないし七、第二〇号証の一ないし三、第二一号証、第二六号証の一、第二七、二八号証、第二九号証の一ないし五、乙第八ないし第一一号証、第一三ないし第一五号証、第二〇号証の一、二、第五二号証の一、原告本人尋問の結果(第一、二回)により成立の真正を認める甲第一九号証及び第五二号証、弁論の全趣旨により成立の真正を認める甲第二六号証の二ないし六、証人B、同Cの各証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  初め、八月一日午前一一時三〇分ころ原告勤務先を訪れたBは、原告に対し、「アメリカの大豆が減反のうえに熱波で不作であり、在庫が減少している。ブラジルは長雨、アルゼンチンは旱魃でそれぞれ不作である。ソ連も不作で、アメリカに大量買付けに動いている。したがって、今後大豆の値段は上がる。」「大豆は例年、一月から四月にかけて値が上がり、五、六月に少し下がり、七月から九月にかけて再び上がり、一〇月ころに一旦下がるが、それ以降はずっと上がっていく。」「一俵五〇〇〇円から八月末には五五〇〇円まで上がり、一旦下がるが、一一月末には六〇〇〇円まで上がる。五〇〇〇円から五五〇〇円に上がる五〇〇円の中の一五〇円を取って下さい。」等と申し向けて、今後大豆が値上がりし、一俵につき一五〇円の利益が確実に得られるかのように述べた。そして、「仮に一〇〇万円の定期預金をしていても、利子は少ししか付かず、物価も上昇するので、実質的には目減りであり、一時的な借受けをして大豆の資金に充てても、六か月以内に三〇円値上がりすれば、一か月五〇〇〇円程度の金利を賄える程度の利益が上がる。」とも述べた。

Bは同時に、ゼネラル貿易が顧客の注文を大阪穀物取引所に取次ぎ、顧客に対しては情報やアドバイスを提供するものであることや、大阪穀物取引所においてはゼネラル貿易のほか複数の商品取引員による「競り」が行われることなど、先物取引市場の基本的な仕組みや、輸入大豆の売買単位である一枚は二五〇俵で、一枚につき委託証拠金七万円を預託する必要があること及び売買手数料は七五〇〇円であること等の取引の基本的なシステム等に関するごく概括的な説明もした。ただBは、値段が予想とは逆に動いて損をする場合もあることを前提とした説明はせず、殊に取引所において成立した約定値に換算した場合に、建玉の損が帳簿上、ある程度に達した場合には追証拠金(以下「追証」という)が要るという追証制度に関する説明はしなかった。

原告は、一時間弱の間、Bの勧誘を聞いていたが、輸入大豆の先物取引に応ずる旨の回答はせず、午後〇時過ぎころ、Bは原告の勤務先を辞去した。

(二)  その後約一時間程してから、原告の勤務先にBから電話があり、すぐゼネラル貿易高松支店長のCが代わって、前記のB同様に、今後輸入大豆が値上がりする旨の説明を繰り返し、「今が買い時である。」「X様、お願いします。」「もう買うときますよ。」などと勧誘したが、原告は、このCに対しても、断った。

(三)  翌八月二日午前九時ころ、Cが原告を勤務先に訪れ、実際は、未だ原告の玉を建てていないにもかかわらず、「二〇枚買えました。買ってしまったんだから、お願いします。X様、助けて下さい。」と懇願口調で繰り返した。このため、原告も、最終的には、止むを得ず、ゼネラル貿易との先物取引委託の取引を行うこととし、承諾書(乙第八号証)、通知書(乙第九号証)、受領書(乙第一〇号証)、「『商品取引委託のしおり』の受領について」と題する書面(乙第一一号証)に各署名・捺印してCに交付した。この際、Cから、「商品取引委託のしおり」(甲第一号証)及び「お取引の手引」(甲第二号証)を交付されたが、Cは「後で読んでおいて下さい。」といった程度で、それぞれの内容についての詳しい説明はしなった。

(四)  この翌日の八月三日、ゼネラル貿易は取引所に後場二節に実際に右買建玉の注文を出し、取引が成立した(本件取引1)が、翌四日、原告はその証拠金として、一四〇万円をゼネラル貿易に預託した。

以上の事実が認められる。

被告は、右を争い、八月一日及び二日午前にBが原告勤務先を訪れて勧誘し、原告から取引をしてみるとの返事を得て、二日午後四時ころ再びBが原告を訪問して契約書等を作成するなどし、翌三日午後一時すぎころ証拠金を受け取ったうえで、取引所に注文を出したものであり、Cは原告の勤務先を訪れていない旨を主張し、証人B、同Cの各証言、ゼネラル貿易作成の各文書(乙第一四号証、第二〇号証の二)には、証拠金を受け取ったのが八月三日である旨の記載がある。しかし、乙第五二号証の一の証拠金預り証は八月二日付けとなっているなどゼネラル貿易の帳簿証憑には混乱が見られ、前記甲第一九号証、第二〇号証の一ないし三、第二一号証、第二六号証の一ないし六、第二七、二八号証、第二九号証の一ないし五、原告本人尋問の結果に照らして措信できない。

2  その後、原告のゼネラル貿易における取引口座において、原告の委託があったものとして、同年八月三日から翌五九年九月二五日までの間、別紙取引一覧表記載のとおり、合計一二三回、取引量にして合計二六八〇枚(新規、仕切りの双方を含む。)にわたる本件先物取引が行われたこと、その証拠金として、原告が、現金八四八万円(昭和五九年四月に預託されたが、同年五月に返還された三八万円を除く。)、B株券三万九四六一株、国債額面九〇〇万円を預託したこと、ゼネラル貿易の手で、この株券は、六五〇万五一二五円で、国債は九〇一万三一一八円で処分されたこと、ところが、原告は、取引当初の昭和五八年八月に差益金一五万を受け取り、取引終了後に清算金一五万九四九三円の返還を受けただけで、結局、合計二三九九万八二四三円を預託して、差引き二三六八万八七五〇円を損失したこと、そのうち取引による差損は一三六五万二五〇〇円で、その余の一〇〇三万六二五〇円はゼネラル貿易が受託手数料として受け取ったものであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

各取引に至った原告とゼネラル貿易とのやりとりやこの間の経過等を見るに、前記甲第一、二号証、甲第一七号証、第一八号証の一ないし七、第一九号証、第五二号証、乙第一三ないし第一五号証、乙第二〇号証の一、二、成立に争いのない乙第一二号証の一ないし六、第二一号証の一ないし一二二、第二二号証の一ないし一四、第二三号証の一ないし一二、第二四号証の一ないし一二、第二五号証の一、二、第二六ないし第三〇号証、五二号証の一ないし九、第五四号証、証人B及び同Cの各証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)によると、以下の事実が認められる。

(一)  八月三日、Cは、「外電の情報によれば、値が上がる。成り行きで追加注文しておく。」「株券は現金ではないので、預けておいても大丈夫である。」などと、株券を証拠金の代用証券に使用して増玉をするよう勧め、翌四日、一〇枚の買建玉が行われた(本件取引2)。

そして原告は翌五日、大阪の自宅から取り寄せたB株券七〇〇〇株分(ゼネラル貿易による当時の評価額七〇万円。なお別紙取引一覧表の委託証拠金残欄は、その後の評価換えの結果を記載してある。以下債券類については同じ。)を、右取引の証拠金の代用証券として交付した。

(二)  八月一〇日、Cは、値動きに上下があるので、売り買いどちらでも利食いできるようにと、一〇枚程度の売玉を建てて両建とすることを勧めて、一〇枚の売建玉が行われた(本件取引3)。

原告は翌一一日にB株券七五〇〇株分(ゼネラル貿易による当時の評価額七五万円)を右取引の証拠金の代用証券としてCに交付した。そして同日、Cの勧めで本件取引1の買玉二〇枚が仕切られ(本件取引4)、差引利益一五万円は翌一二日に原告の銀行口座に振り込まれた。

(三)  八月一二日、Cは、利食いが入って値動きが弱いので、安いところを買っておくよう勧め、二〇枚の買建玉が行われた(本件取引5)。

(四)  ところが八月三〇日、Cは、値下がりする気配であるから、買いから売りに転換するとして、現在建っている買玉三〇枚を全て仕切り、新規に三〇枚の売建玉を行って売玉のみ四〇枚とするよう勧め、同日、その取引が行われた(本件取引6・7)。なお、右の買玉三〇枚の仕切り(本件取引6)によって生じた差引利益二〇万円につき、原告は、前回同様に銀行口座への振込を依頼していたが、Cは、出金の手続きを取らなかった。

(五)  九月三日、Cは、実際には追証の危険性がないにもかかわらず、「大韓航空機の事件で値が動いている。このままだと追証にかかる危険がある。」旨申し向けて両建を勧めた。

原告は、追証にかかってこれを支払うことができなければ、証拠金を没収されるか、代金を払って現物を引き取らねばならないものと誤解していた(建玉を一部仕切って、値洗い損を減少させれば、追証が不要となることは、ゼネラル貿易の支店長がDに代わるまで知らなかった。)ために、Cの右勧めに応じ、同日、四〇枚の買建玉を了承し、売・買の建玉各四〇枚の両建となった(本件取引8)。その証拠金として、原告は、九月五日に、B株券二万三七〇〇株分(ゼネラル貿易による当時の評価額二六〇万七〇〇〇円)を交付した。

(六)  九月九日、Cの勧めに従い、四〇枚の買玉が約定値段五三五〇円で仕切られ(本件取引9)、差引利益三〇万円が生じたが、九月二一日には、Cの勧めに従い、四〇枚の買建玉が行われ(本件取引10)、再び売・買各四〇枚の両建となったが、右四〇枚の買玉は、限月が異なるとはいえ、九月九日の仕切値を二〇〇円近くも上回る五五三〇円であった。

(七)  一〇月一日、大阪穀物取引所の定めで、輸入大豆の証拠金の額が一枚当たり八万円に増額されたことにより、原告の当時の建玉合計八〇枚の必要証拠金が六四〇万円となったところ、前日における原告の預入額は五九八万四〇〇〇円(B券計三万八二〇〇株が一株一二〇円に評価換えされて、計四五八万四〇〇〇円に評価されていた。)で四一万六〇〇〇円の不足額が生じたため、Cは、帳尻に生じていた合計四五万円の利益金の内金四一万六〇〇〇円を、原告に無断で証拠金に振り替えた。

(八)  一〇月五日、値下がりにより、原告に三三四万一〇〇〇円の追証がかかったため、Cは、右追証状態解消のため、翌六日、原告に無断で売玉二枚を仕切った(本件取引11)が、結局、当日の値下がりによって、右追証状態の解消には至らなかった。

翌七日、Cは原告に対して追証を入れるよう指示する一方で、一旦売玉三八枚を仕切って(本件取引12)追証状態を解消しながら、原告に無断で再び新規に四〇枚の売建玉を行った(本件取引13)。

原告は、Cの右のような操作を知らされないまま、追証として、同日ころにB株式一二六一株(ゼネラル貿易による当時の評価額一五万一三二〇円)及び現金四二万円を、一〇月一四日に国債三〇〇万円分(ゼネラル貿易による当時の評価額二五五万円)を、それぞれ交付した。

(九)  一〇月二〇日、Cに勧められるまま、二〇枚の売建玉が行われた(本件取引14)が、さらに同月二四日には一旦、売玉六〇枚が全て仕切られ(本件取引15)、そのうえで、Cから、現在五〇〇万円程度の赤字であるから、玉を増やして損をカバーするよう勧められ、再び八〇枚の売建玉が行われた(本件取引16)。Cは、同日、帳尻に生じていた利益金九五万四〇〇〇円の内金四七万三二九〇円を、原告に無断て、証拠金に振り替えた。

(一〇)  一〇月二八日以降も、Cから、損を取り返すには取引を増やす以外にない旨勧められるまま、本件取引17ないし22が行われたが、この間一一月四日と七日に、代用証券として預けられていたB株式を売却することによって、その評価額との差額で証拠金の不足が補われていた。合計三万九四六一株の売却価格は六五〇万五一二五円であった。

この間、一〇月三一日には、売・買の建玉は合計一四〇枚に達していた。

(一一)  一一月一一日、Cは、原告に無断で、売玉三〇枚を仕切った(本件取引23)ほか、一一月二八日、原告に、値上がりの気配があるので、買い一本にするよう勧め、それまで、売玉五〇枚・買玉六〇枚であったのに、売玉五〇枚を全て仕切らせ(本件取引24)、さらに買玉四〇枚を増建玉させた(本件取引25)。

(一二)  ところが、Cは、翌二九日には、「値下がりのため、追証の危険がある。追証を避けるためには、両建しかない。五〇〇万円ほど必要である。」などと、追証回避のためには両建以外にないかのように説明し、一〇〇枚の買建玉が行われた(本件取引26)。原告は、一二月六日、証拠金として、国債額面六〇〇万円(ゼネラル貿易の当時の評価額五一〇万円)を交付した。

(一三)  一二月二一日、Cは、原告に無断で、売玉五〇枚を仕切り(本件取引27)、四〇枚の買建玉を行った(本件取引28)。

(一四)  一二月二七日に、買玉一〇枚の仕切り(本件取引29)、翌五九年一月七日に、買玉四〇枚の仕切り(本件取引30)と五〇枚の買建玉(本件取引31)とが、いずれもCの勧めのまま行われたが、一月九日、原告はCから六六六万円程度の追証が必要との連絡を受けたため(ただし、追証請求通知書の発行は一月一一日で、追証金額は七〇五万四八七五円であった。)、止むなく、一月一三日に右六六六万円を交付した。

右六六六万円の内金三〇〇万円は、住友信託銀行から投資信託「ビッグ」を担保に借り入れたものであり、この時点で、原告は、b社退職時に得た退職金を含め、老後の資金の全てをゼネラル貿易に渡した結果となった。

(一五)  原告は、このころから、Cに対して、取引を縮小するよう再三要求したが、Cは、原告の右要求を聞き入れず、その後も三月一三日の本件取引66まで、多数の売買を繰り返させ、その最も多い時には、売買総数二五〇枚に上る建玉があった(本件取引49の時)。

この間、一月三一日付けで八九一万九八七五円の追証請求通知書が発行され、二月六日に、代用証券の国債合計九〇〇万円分が売却されて九〇一万三一一八円が入金された。

(一六)  また、本件取引開始後、帳尻の精算は行われないままであったが、二月二八日に初めて、証拠金から四一六万四二九〇円が振り替えられ、三月三〇日にも、同じく二六二万五〇〇〇円が振り替えられた。

(一七)  昭和五九年四月から、ゼネラル貿易高松支店長がDに替わり、原告の担当も同人となって、四月三日の本件取引67から九月二五日の本件取引23まで五七回の取引が行われたが、このうち、67、72、75、78、86、89、91、93、94、95、97、99、104、119の以上一四回を除いて、仕切りばかりであった。

(一八)  この間、六月二日以降九月二一日まで一〇回近く、ゼネラル貿易から原告宛に追証請求通知書が発行され、原告も、四月九日に二〇万円、翌四月一〇日一八万円を一旦は支払ったが、Dに返還を依頼して、五月一八日に右の合計三八万円の返還を受け、他には追証は入れなかった。

(一九)  そして、八月三〇日に一六二五万二五〇〇円、九月二七日に一六八万六二五〇円が、それぞれ証拠金から帳尻の精算に振り替えられ、一〇月八日に証拠金残金一五万九四九三円が原告に支払われ、右により、原告の本件取引は完全に終了した。

以上の事実が認められ、証人B及び同Cの各証言中右認定に反する部分、及び乙第五三号証(C作成の陳述書)のうち右認定に反する記載部分は、いずれも採用しない。

3  被告は、本件先物取引において、原告は、取引開始から終了に至るまで終始意欲的かつ積極的に取り組んできたものであるとして、本件取引はいずれも原告の自由な判断に基づくものである旨主張する。確かに、前記甲第一、二号証、証人Cの証言、原告本人尋問の結果によると、原告が、先物取引のシステムや相場が逆行した場合の処方を知るために、「商品取引委託のしおり」や「お取引の手引」を複数回読み返したり、ゼネラル貿易高松支店にも頻繁に出入りして、自己の建玉の値洗損益の計算結果を知るとともに、Cに相場の動向を尋ね、その勧めを受け入れて取引を行っていたこと、頻繁にCから原告の勤務先に電話をして、取引を勧めていたが、原告はこれを受けて注文を出しており、またゼネラル貿易からは、売買成立のたびに約定値段を電話で知らせていたほか、「売買報告書」や「計算書」、「残高照合ご通知書」等が原告に郵送されていたこと、原告は、取引拡大のたびに委託証拠金や追証をゼネラル貿易に請求されるまま、遅滞することもなく交付していたこと等の事実を認めることができ、これらの事実によれば、原告も自己の取引内容を認識し、その時々における適切な投機的判断を行うための努力をしていたものと認めることができる。しかしながら、原告が投機的取引の知識に乏しく、その経験は皆無であったことは、前記認定のとおりであるところ、①そのような者が、いわば付け焼き刃的に「商品取引委託のしおり」や「お取引の手引」等を数回読み返し、自己の建玉数やその値洗損益を知ってみたところで、高度に専門化している先物取引において、実際に自らの判断で取引を行えるとは、到底考えられない。前記認定のとおり、②原告が本件先物取引を開始するに至ったのは、主に、Cの欺罔的な勧誘方法によって、もはや委託契約の締結を拒否できないと諦めたからであること、③原告は、経済的に特に困窮しているという状況ではなかったものの、先物取引のような高度に投機的な取引をするには、資産は不十分であり、知識も乏しく経験はなく、そのような資産状況や知識・経験と対比してみれば、本件先物取引はのちに述べるとおり過大な取引高となっていること、④原告は追証制度についての正確な理解がなく、追証請求に対応できなければ、証拠金を没収されるか、現物の引き取りを要求されるものと誤解しており、追証を非常に恐れていたこと、⑤本件先物取引における個々の取引は、その大半が、ゼネラル貿易側からの連絡によって、建ち落ちの注文がなされているばかりでなく、個々の取引で生じた差引利益についても、第一回目の一五万円を除いて、全て原告の意向とは無関係に証拠金への振替が行われていること等の事情からすれば、いったん開始した取引について損を回避するために、原告があれこれと努力し、Cに尋ねることも頻繁であったとはいえ、結局はCに勧められるまま、ほとんどCの意向のままに取引を継続していたものというべきである。

三  違法性の有無について

1  勧誘の違法性

原告が、ゼネラル貿易との間で本件先物取引の委託契約を締結するに至った中心的な動機は、前記認定のとおり、五八年八月二日に、Cが、実際は未だ原告名義の建玉を行っていないにもかかわらず、これを行ってしまい、原告において、もはや契約締結を拒否できないかのように装って、懇願口調で契約締結を迫ったことによるものであるところ、このような欺罔手段を用いて契約締結を迫る行為が、社会通念上、契約勧誘行為として相当性を欠くものであることは明らかである。

のみならず、八月二日におけるCの右勧誘行為が、八月一日におけるBの訪問勧誘行為、及び、同日におけるCの電話での勧誘行為に引き続いてなされた、原告に対する一連の勧誘行為の一部に過ぎないことは、前記認定の事実から明らかであるところ、八月二日におけるBの訪問勧誘行為において、今後大豆の値段が上昇することが確実であり、利益を確実に取得できる旨を強調し、先物取引市場の基本的なシステム等についても、概括的かつ形式的な説明をしたのみで、売買単位や手数料等に関する説明も、利益を生ずることとの関連でしか説明せず、相場が予想に反する動きをした場合については、何ら触れることなく、追証制度に関する説明も一切行わなかったこと、及び、同日におけるCの電話での勧誘行為も、内容的には、Bの右勧誘行為と変わりなく、要するところ、今後大豆の値上がりが確実で、今取引を開始すれば利益が確実に得られる旨の勧誘であったことは、いずれも前記認定のとおりであって、いわゆる断定的判断を提供したと評しうるほどの甘言をもって勧誘したものといわざるをえない。

商品先物取引は投機的取引の中でも最も投機性・危険性の高い取引と目されるのであるから、これに参加する者は、当然に、その高度な投機性・危険性を十分に認識し、自己の投機的判断で取引を遂行し得るだけの能力があり、かつ、右の投機性・危険性に見合うだけの資力を有する者が予定されているものというべきところ、原告はその経歴からして、社会的常識を備え、それ相応の理解力と判断力とを有する人物であって、経済的にも特に困窮しているといった事情にはないにしろ、投機的取引の経験は皆無であり、先物取引の投機性や危険性についても、具体的な認識はなかったと言えるのであって、このような人物に対して、右のような勧誘を行えば、先物取引の投機性や危険性について十分認識しないまま、委託契約締結に至る危険性が高いのであって、このような勧誘方法は、先物取引の高度な投機性・危険性からすれば、社会通念上不相当な勧誘行為というべきである。

確かに、成立に争いのない乙第三一ないし三三号証、第四八号証の一ないし一八、証人Cの証言により成立の真正を認める乙第三五ないし第四〇号証によれば、右勧誘当時において、マスコミを始めとする情報機関がこぞって、大豆値上がりの情報を流していたことを認めることができ、その意味で、B及びCの両名は、相当の根拠をもって予想されるところの大豆の値上がりを原告に申し向けたものと見ることもできるけれども、相場に変動のあることは当然であるのに、確実に利益を得ることができる旨を申し向け、相場の動きが予想に反した場合については一切触れることなく、しかも先物取引の勧誘に際しては最も重要で不可欠な説明事項の一つである追証制度の説明を一切行っていない点を看過することはできない(Cが被告に交付した「商品委託のしおり」「お取引の手引き」(甲第一、二号証)も、いわゆる追証が発生した場合には、仕切りをするか、追証を入れるかの二者択一を迫られるように記載されていて、建玉を一部仕切って、追証状態を解消する方法については触れておらず、原告は、前記のとおり、取引がかなり進んだ段階まで、追証を入れないと、証拠金が全部没収されるか、大量の大豆を現物で引き取らなければならないものと考えていた。)。

加えて、Bの訪問勧誘行為が、何らの予備調査もなく、無差別に行われた勧誘行為の一環であったことは、前記認定のとおりであり、成立に争いのない甲第二五号証によれば、このような勧誘方法が協定事項で禁じられていることが認められるのであるから、この点においても、やはり不相当の誹りを免れない。

右の事情を総合すると、B・C両名の一連の勧誘行為は、先物取引の勧誘行為として、社会通念上不相当な勧誘方法であり、違法であったといえる。

2  新規委託者保護義務違反について

成立に争いのない甲第二四、二五号証に弁論の全趣旨を総合すれば、経済的判断能力と投機可能資金の乏しい者が徒らに先物取引市場に参入して、被害を蒙ることのないよう、業界内の自主規制として、「新規委託者保護管理規則」が制定され、ゼネラル貿易においても、業界内のモデル規則である右「新規委託者保護管理規則」と同一の社内規則が制定されていたこと、右管理規則においては、① 新規委託者保護の体制として、業者の各店ごとに「特別担当班」を、本社に「総括責任者」を設置することが義務付けられていること、② 新規委託者からの委託契約の締結にあたっては、外務員が、新規顧客について、その職業・年齢、資産・収入、先物・証券取引の経験等の必要事項を調査・把握のうえ、これらを「顧客カルテ」に記載し、必要に応じて、特別担当班が補充調査を行い、特別担当班責任者が右調査結果に基づいて、受託の可否を審査するよう義務付けられていること、③ 新規委託者の最初の取引の日から三か月間を「新規委託者保護育成期間」として、右期間中は、その売買枚数を原則として二〇枚以内に制限するが、新規委託者から右制限を超える建玉をしたい旨の申請があった場合には、前記「顧客カルテ」の記載内容を調査するとともに、委託者の商品取引に関する知識・理解度を勘案して、必要に応じて顧客に対する直接の事情聴取を行い、右の調査及び審査内容を具体的に記載した調書を作成するとともに、特別担当班責任者は、制限超過建玉の承認に当たって、妥当と認められる枚数を明確にして、その範囲内で受託するよう担当者に指示を行い、その後における新規委託者からの再度の枚数増加の申請に対しては、その理由に留意して極力変更を行わせないように定められていること、以上の事実を認めることができる。そして、原告が、本件先物取引以前に先物取引の経験が皆無であったことは、前記認定のとおりであり、原告が右の新規委託者に該当することは明らかである。

しかるに、前記乙第二〇号証の一、証人B、同Cの各証言に弁論の全趣旨を総合すると、最初に原告の勧誘に当たったBは、顧客カルテの記載に当たり、原告に対する必要な調査を行わず、年収が四〇〇万円程度のところを一〇〇〇万円と、商品取引の経験がないにもかかわらず、その経験ありと記載し、資産状況についても、投機可能資金を把握するに足るだけの調査を行っていないこと、ゼネラル貿易高松支店における前記特別担当班責任者の地位にあったCも、特段の調査を行うことなく、原告が、以前に商品取引の経験があり、取引内容やリスク等は十分に理解しており、資力においても十分であるとして処理していたことが認められるのであって、B及びCの両名のした、新規委託者である原告に関する委託契約締結前の調査が極めて杜撰であったことは明らかである。

また、本件取引1の行われた昭和五八年八月三日から同年一一月三日までの三か月間が、前記新規委託者保護育成期間に当たるところ、原告の建玉状況が、同年八月四日には三〇枚(売・買の合計。以下同じ。)、同月一〇日には四〇枚、九月三日には八〇枚、一〇月二〇日には一〇〇枚、同月二四日には一二〇枚、同月二八日には一三〇枚、同月三一日には一四〇枚と、短期間に飛躍的に増加していることは前記認定のとおりであるところ、前記認定のとおり、原告が自発的に二〇枚を超える建玉を申請したことはなく、右建玉の増加は、いずれも新規委託者の保護に当たるべき特別担当班責任者の地位にあったCによる勧誘の結果であり、新規委託者である原告に対して、このような建玉を勧誘した行為が、前記管理規則の趣旨を蔑ろにするものであったことは明らかである。

かように、B及びC両名の原告に対する勧誘行為、ならびに、Cの原告に対する建玉増加の勧誘行為は、いずれも、前記新規委託者保護管理規則に反するものと認められるところ、右管理規則は、業界内の自主規制であるとはいえ、商品取引員たる業者や外務員の行為の適正さの指針となるものであるから、業者や外務員の行為の社会的相当性の有無を判断する際の重要な基準になるものというべきものであり、特段の事情がないにもかかわらず、右管理規則に違反しあるいはその趣旨を没却する行為に出ることは、社会的に不相当との誹りを免れないものというべきである。

3  向い玉について

前記甲第二四、二五号証、成立に争いのない甲第六三号証に弁論の全趣旨を総合すれば、商品取引所法九四条四号、同法施行規則七条の三第二号及び禁止事項⑥は、商品取引員が、もっぱら投機的利益の追求を目的として、受託にかかる売買取引と対当させて、過大な数量の売買取引をすることを禁止してことが認められるところ、その趣旨は、商品取引員の委託玉、自己玉を合わせた総取引高が売買同数であれば、値段が上下しても、損・益相つぐなう、いわゆるゼロ・サム社会を構成していて、商品取引員は、商品取引所に対して売買差金(帳尻差金、約定差金)を支払う必要がなく、顧客から受領した証拠金を流出させることなく、これを顧客が取引を継続している間に、向い玉の益金や手数料として取得できる結果となって、向い玉が、商品取引員とその顧客との利害対立を意味し、商品取引員の顧客に対する先物取引委託契約上の忠実義務違反となることから、顧客の利益を保護しようとするものであると解される。

ところで、成立に争いのない甲第五七号証、第六二号証の一ないし五、第六四、六五号証、乙第一七、一八号証に弁論の全趣旨を総合すれば、本件先物取引が行われていた期間において、ゼネラル貿易の一日の自己玉及び委託玉を合わせた総取組高は、各限月毎または建玉全体いずれにおいても、売・買ほぼ同数となっており、一日のうちの各場節における同一限月の売買取引高も、ほぼ同数となっていること、ゼネラル貿易の取引量は毎日一〇〇〇枚を超え、取組高も売・買合計で常時三五〇〇枚から五〇〇〇枚を維持しているにもかかわらず、これとの比較でみると、委託玉と自己玉との帳尻差金及び約定差金との合計額(これは、ゼネラル貿易と商品取引所との間で授受された差金の合計額に当たる。)は、異常に低額といえること、帳尻差金、約定差金いずれにおいても、委託玉と自己玉の損益が全く逆になっていること、以上の事実を認めることができ、これらの事実によれば、本件先物取引期間中、ゼネラル貿易が、委託玉と自己玉を合わせた建玉全体が、売・買ほぼ同数となるように自己玉を調整するように注文を出す、いわゆる差玉向いを行っていた疑いがある。

もっとも、いわゆる向い玉が、顧客に対する不法行為を構成するためには、商品取引員たる業者あるいはその担当者が、向い玉を行う一方で、積極的に顧客に損失を与え、顧客の損失のいわば反射的効果として業者(商品取引員)が利益を獲得する目的を有していたことが必要と解されるところ、本件全証拠によるも、ゼネラル貿易全体の営業実態は必ずしも明らかでなく、原告の担当者であったC及びその後任のDが、ゼネラル貿易の行っていた向い玉の実態につき、どの程度の認識を有していたかも、必ずしも明らかではないから、被告が行っていたと疑われる差玉向いが原告に対する違法な行為であったと断定することはできない。

4  両建について

前記甲第二号証、第二四、二五号証、成立に争いのない甲第三〇号証、第六一号証に弁論の全趣旨を総合すれば、いわゆる両建は、端的にいえばほぼ決定的となった損失額を後日に繰り越すに過ぎない消極的な取引手法であって、局面の好転を図ることは至難に近いことで、売・買双方から証拠金を徴収されなかった時代において、迷ったときに様子を見るために用いたり、追証準備のための時間稼ぎのために用いられた手法であり、今日これを行う意味はないこと、取引所指示事項10は、同一商品、同一限月について、売または買の新規建玉をした後(または同時)に、対応する売買玉を手仕舞いせずに両建するよう勧めることを禁止しており、右禁止の趣旨は、両建を利用して委託者の損勘定に対する感覚を誤らせることの防止にあり、その趣旨からして、委託者の損勘定に対する感覚を誤らせるような① 同時両建(同一限月及び異なる限月を含む。)、② いわゆる因果玉の放置、③ 常時両建を禁止したものと解することができる。ことに原告のように先物取引の知識経験に乏しい新規委託者の場合、損勘定に対する感覚を誤らせることは厳に避けるべきであると考えられ、損失を生じたときは早めに手仕舞いをさせて損害の拡大を防止するよう指導するか、せめて、両建を行うにしても、これに対する正確な説明を与えて、これを行うべきか否かにつき顧客の自由な判断をさせるべきであるところ、前記認定のとおり、Cは、取引開始から僅か一週間後の八月一〇日には、早くも、売・買どちらでも利食いできようにするためと勧誘して、原告に買建玉を手仕舞いさせることなく、売建玉を行わせ(本件取引3)、さらに、九月三日には、評価損を出した建玉について、追証を回避するためには、両建が必要であるかのように説明して、原告に売・買各四〇枚の両建を積極的に勧めており(本件取引8)、その後も、原告の建玉が本件先物取引期間中ほぼ一貫して常に両建の状態に置かれていたことは、前記認定のとおりである。この間、確かに、利益を生じた取引もありはするが、その一方では、評価損を拡大させるばかりのいわゆる因果玉が放置されていたのであり(例えば、昭和五八年九月二一日、一〇月三一日、一一月二八日の各買建玉)、原告の建玉全体の値洗いは、一貫して損勘定であったのである。被告は相場の大崩れのために損が取り戻せないまま、短期の取引で利食いしていたと主張するが、因果玉が放置されている以上、多少利食いができたとしても、因果玉の損を固定拡大するものであることは変らないし、偶々損を減らせても、利食い分の玉に損が生じるのであって、無意味な取引であることは明らかである。結局これらの両建は、CあるいはDが、原告の損勘定に対する感覚を誤らせる意図で行ったものと見られても、やむを得ないところである。

5  無意味な反復売買について

前記甲第二四号証に弁論の全趣旨を総合すれば、取引所指示事項7は、短日時の間における頻繁な建ち落ちの受託を行い、または既存玉を手仕舞うと同時に、あるいは手数料稼ぎを目的とすると思われる新規建玉の受託を禁止していることが認められるところ、五八年八月三日の買建玉が八日後に、九月三日の買建玉が六日後に、一〇月二〇日の売建玉が四日後に、一〇月二八日の売建玉一〇〇枚のうち二〇枚が三日後に、昭和五九年二月一三日の売建玉が一〇日後に、二月二九日の売建玉が九日後に、四月一一日の売建玉が六日後に、五月二一日の買建玉五〇枚のうち三〇枚が二日後に、五月二三日の売建玉が九日後に、六月二二日の売建玉が五日後及び六日後に、それぞれ仕切られていることは、前記認定のとおりであり、新規建玉が仕切られるまでの期間が短く、短日時の間における建ち落ちが行われていたことが認められるし、五八年八月三日の買建玉二〇枚を同月一一日に仕切った後、翌八月一二日には同一限月の買玉二〇枚を建て、八月四日の買建玉一〇枚と同月一二日の買建玉二〇枚を同月三〇日に仕切った後、九月三日には同一限月の買玉三〇枚を建て、さらには、一〇月七日の売建玉四〇枚と同月二〇日の売建玉二〇枚を、同月二四日に仕切った後、同月二八日には売玉一〇〇枚を建てていることは、前記認定のとおりであり、これらは、いずれも同一限月の玉の買い直し・売り直しであって、委託者にとって全く無意味であることは明らかであって、右当時の担当者であるCが手数料稼ぎで行ったものと考えざるを得ない。原告が預託して失った証拠金は、実にその四〇パーセント以上が、ゼネラル貿易の手数料に消えていることは、前記認定のとおりである。

6  損益計算の回避、差益による増玉

前記甲第二四、二五号証に弁論の全趣旨を総合すれば、受託契約準則一五条、九条が、商品取引員は、委託を受けた売買取引について、益金を生じたときは、六営業日以内に顧客に支払わなければならない旨を定める一方、取引所指示事項8が、委託者の手仕舞い指示にからんで、他商品または同一商品の他の限月等に新たに建玉するよう強要し、または建玉することを条件として手仕舞いを応諾すること、また、利益が生じた場合にそれを証拠金の増積みとして新たな取引をするよう執拗に勧め、あるいは既に発生した損失を確実に取り戻すことを強調して執拗に取引を勧めることを禁じていることが認められる。

ところが、前記認定のとおり、Cは、当初昭和五八年八月一一日の仕切りによる差益を原告に渡して、原告をして先物取引が儲けやすいものであると思わせて、取引を続けさせるよう仕向けたあとは、同年九月九日における帳尻に合計四五万円の利益金が生じ、原告から右利益金の払戻しを再三要求されていたにもかかわらず、これに応じようとせず、一〇月一日に証拠金額が一枚当たり七万円から八万円に増額されたことに伴い、原告に無断で右利益金のうち四一万六〇〇〇円を証拠金に振り替え、さらに、一〇月二四日において帳尻に生じていた利益金九五万四〇〇〇円のうち四七万三二九〇円を原告に無断で証拠金に振り替えたうえで、八〇枚の売建玉を行うなどしていたのであって、このように委託者に無断で利益金を証拠金に振り替えることが、不当であることは、前記受託契約準則の趣旨から明らかであるし、利益金を証拠金を振り替えて増建玉をするよう勧めることが、前記指示事項8に反することも明らかであり、特に、原告のような新規委託者の場合は、取引の仕組みを理解させ、取引の状況を正確に把握させて判断を誤らせないために、その都度、利益金(損金)の受け払いを行うべきものと解されることを考えると、右Cの行為は不相当なものといえる。

7  過大な取引

本件先物取引が、昭和五八年八月から五九年九月までの一四か月間において、合計一二三回、取引量にして二六八〇枚に上ること、原則として二〇枚の制限が加えられている新規委託者保護育成期間(五八年一一月三日まで)の間に、既に一四〇枚まで取引量が急速に増加しており、一一<中略>て、委託契約を締結して、証拠金の支払いに応じてしまっており、原告にも安易な面があったことは否定できない。また原告は、委託契約締結後は、自己の拠出資金の増減を心配するのは当然のこととはいえ、ゼネラル貿易高松支店に頻繁に出入りし電話するなどして、相場の動向に関する情報の収集や分析に務めていたのであって、このような原告の姿勢や行動が、Cらに、積極的でかつ資金的にも余裕のある顧客との評価をいだかせて、頻回の、大量の取引を招き、損害を拡大する素地となったことも否定できない。その間原告は、「商品取引委託のしおり」や「お取引の手引」を何回も読み返して、先物取引の基本的システムや相場が逆行した場合の対処方法等について、一定の研究を行ってもいたし、Cが原告に全く無断で取引を行ったことは数回程度で、一応は、事前に原告の了解を得た上で、取引が行われており、原告は、自己の建玉の値洗損益等については常に把握していて、自己の建玉全体が比較的早い段階から常に評価損を生じた状態にあることも判っており、Cの話が当てにならないことを認識していたはずであるにもかかわらず、Cからの証拠金や追証の要求に遅滞なく応じて、その結果、取引を拡大させて行ったのであって、Cの強引さと原告のやや気弱な性格による面があったにせよ、あまりにも従順過ぎるもので、自ら招いた面がないとはいえない。これらの事情を総合すれば、本件先物取引によって原告が蒙った損害については、原告自身の落ち度も一定の割合で寄与していたものと言わざるを得ない。

そして、原告自身の落ち度が寄与した割合は、右の諸事情からすれば、三割程度と評価できるのであって、原告が本件先物取引によって被った損害につき、右三割の限度で過失相殺するのが相当である。

六  原告の損害について

1  原告が本件先物取引によって被った損害が、二三六八万八七五〇円に達することは前記認定のとおりであり、右損害額のうち、前記のとおり、三割が原告の落ち度に基づくものとして過失相殺すれば、一六五八万二一二五円が、被告が賠償すべき金額となる。

2  原告が本件訴訟の提起追行を弁護士たる原告訴訟代理人ら四名に委任し、その報酬の支払いを約したことは、弁論の全趣旨から明らかであるところ、本訴請求の難易、請求額や認容額等、本件現れた諸般の事情を総合考慮すれば、被告が賠償責任を負う前記一六五八万二一二五円の約一割に相当する一六〇万円については、原告が原告代理人らに支払う弁護士費用として、本件不法行為と相当因果関係のある損害とみるのが相当である。

3  よって、被告は、右各金額の合計一八一八万二一二五円の賠償義務がある。

七  以上の次第で、原告の請求は、金一八一八万二一二五円及びこれに対する不法行為終了の日の翌日である昭和五九年九月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを請求する限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九七条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下司正明 裁判官綿引穣及び同永渕健一は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 下司正明)

<以下省略>

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